横浜地方裁判所 昭和62年(ワ)1801号 判決 1990年11月30日
原告
折居明広
ほか一名
被告(乙事件原告)
一倉一幸
被告(乙事件被告)
日比野信
ほか一名
主文
一1 甲事件被告(乙事件被告)日比野信及び同日比野満は連帯して、甲事件原告折居明広、同折居美智子に対し、各金一六四三万五二六七円及び右各金員に対する昭和六二年八月八日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 甲事件被告(乙事件原告)一倉一幸は甲事件原告折居明広、同折居美智子に対し、各金一四九三万五二六七円及び右各金員に対する昭和六二年八月八日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件被告(甲事件被告)日比野信及び同日比野満は連帯して、乙事件原告(甲事件被告)一倉一幸に対し、金七五一六万二六三五万及び内金七〇一六万二六三五円に対する昭和六二年一二月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 甲事件原告折居明広、同折居美智子のその余の請求をいずれも棄却する。
四 乙事件原告(甲事件被告)一倉一幸のその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用中、甲事件原告折居明広及び同折居美智子と甲事件被告(乙事件被告)日比野信、同日比野満及び甲事件被告(乙事件原告)一倉一幸との間に生じたものはこれを一〇分し、その三を右甲事件被告ら三名の、その余を甲事件原告両名の各負担とし、乙事件原告(甲事件被告)一倉一幸と乙事件被告(甲事件被告)日比野信及び同日比野満との間に生じたものはこれを二分し、その一を乙事件原告(甲事件被告)一倉一幸の、その余を乙事件被告(甲事件原告)両名の各負担する。
六 この判決は、第一、二に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(甲事件)
一 請求の趣旨
1 被告日比野信、同日比野満及び同一倉一幸は各自、原告折居明広、同折居美智子に対し、各金四四八七万一八四六円及びこれに対する昭和六二年八月八日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(乙事件)
一 請求の趣旨
1 被告日比野信及び同日比野満は各自、原告に対し、金一億四六九六万二二一九円及び内金一億四〇九六万二二一九円に対する昭和六二年一二月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
(甲事件)
一 請求原因
1 交通事故の発生
(一) 日時 昭和六一年七月一七日午後二時五五分頃
(二) 場所 藤沢市湘南台六丁目三四番地先県道五号線の交差点(以下「本件事故現場」という)
(三) 加害車両 被告日比野信(以下「被告信」という)運転の普通乗用車(相模五二つ三五九七、(以下「日比野車」という)
(四) 被害車両 甲事件被告(乙事件原告)一倉一幸(以下「原告一倉」という)運転の自動二輪車(群む九五二〇、(以下「一倉車」という)
(五) 態様 優先道路である前記県道を直進中の一倉車が本件事故現場にさしかかつたところ、一時停止の標識のある交差道路を進行してきた日比野車と衝突した(以下「本件事故」という)。
2 訴外折居明暢(以下「明暢」という)の死亡
明暢は本件事故当時、一倉車の後部座席に同乗していたところ、本件事故により、脳挫傷の傷害を受け、翌一八日六時一五分湘南第一病院において死亡した。
3 責任原因
(一) 被告信は、一時停止及び左右の安全確認の注意義務を怠り本件事故を惹起せしめたものであるから、民法七〇九条に基づき損害を賠償する責任がある。
(二) 被告日比野満(以下「被告満」という)は、日比野車の所有者であり、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき損害を賠償する責任がある。
(三) 原告一倉は、前方注視義務を怠り本件事故を惹起せしめたものであるから、民法七〇九条に基づき損害を賠償する責任がある。
4 損害
(一) 死亡までの治療費 二四万二八四〇円
明暢は、本件事故後死亡するまで湘南第一病院において治療を受け、治療費として右金額を要した。
(二) 明暢の逸失利益 七九五一万三六九三円
明暢は、死亡当時満一九歳の健康な男子で、日本大学農獣医学部獣医科二年在学中であつた。卒業後は獣医となる予定であり、満二五歳には資格を取得できるはずであつたから、それから六七歳までの四二年間獣医として就労可能であつたといえる。
そして、昭和六〇年の賃金センサス第一巻第一表によれば、新大卒男子労働者の平均給与額は年収五〇七万〇八〇〇円であるが、獣医として専門職につく場合、少なくともその一・五倍の七六〇万六二〇〇円を年収として見込むことができる。そこで、右年収から生活費として四〇パーセントを控除したうえでライプニツツ方式により中間利息を控除して明暢の逸失利益を算定すると、七九五一万三六九三円となる。
(三) 原告らの相続
原告らは、明暢の両親であり、明暢の死亡により右(一)、(二)の損害賠償請求権の各二分の一である各三九八七万八二六六円(円未満切捨)宛を相続により取得した。
(四) 葬儀費用 各五〇万円
原告らは、明暢の葬儀を営み、一〇〇万円以上を支出しているが、各五〇万円を請求する。
(五) 原告らの慰謝料 各一五〇〇万円
長男である明暢の死亡により原告らが受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては、各一五〇〇万円が相当である。
(六) 損害の填補
原告らは自賠責保険から左記のとおり支払を受けたので、各二分の一宛(各一三五〇万六四二〇円)原告らの損害額から控除する。
記
湘南第一病院の治療費 二四万二八四〇円
損害賠償金元金の内払金 二六七七万円
(七) 弁護士費用 各三〇〇万円
原告らは、本件訴訟の提起・追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、その着手金及び報酬として各三〇〇万円の支払を約束した。
5 よつて、原告らは、被告信及び原告一倉に対し民法七〇九条、被告満に対し自賠法三条に基づき、各金四四八七万一八四六円及びこれに対する本件事故後の、被告らに対し訴状が送達された日である昭和六二年八月八日から各支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
(被告信及び同満)
1 請求原因1及び2の事実は認める。
2 同3の事実中、(一)は否認し、(二)の被告満が日比野車の所有者であり運行供用者であることは認める。
本件事故は原告一倉の一方的過失によるものである。
3 同4の事実中、(一)及び(六)は認めるが、その余は知らない。
(原告一倉)
1 請求原因1及び2の事実は認める。
2 同3の(三)の事実は否認する。
3 同4の事実中、原告らが明暢の両親であることは認めるが、その余は知らない。
三 抗弁
(被告満)
1 免責(自賠法三条但書)
本件事故は原告一倉の一方的過失によつて発生したものであり、被告信には何らの過失がなかつた。また日比野車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつた。
すなわち被告信は、交差点手前の停止線で一時停止をした後、ゆつくりした速度で同交差点入口付近まで進行して再び停止し、左右の安全を確認していたところ、交差道路を右方より走行してきた訴外馬場伸夫(以下「馬場」という)運転の車両が停止し、被告信に対し、交差点に進入するよう合図をしたので、それに従い進行した。しかるに原告一倉は交差道路を左方から時速一〇〇キロメートルを超える速度で進行してきたため、被告信が交差道路の中央分離帯付近で一倉車を左前方約二三・四メートルの地点に発見して、急制動の措置をとつたが間に合わず衝突したものであり、本件事故は原告一倉の前方不注視、スピード違反に起因するものである。
(被告信及び同満)
2 過失相殺
仮に、免責の主張が認められないとしても、本件事故の発生については原告一倉にも前記のとおりの過失があり、また同乗していた明暢にも、猛スピードで運転する原告一倉に注意し制止しなかつた過失があり、これが本件事故発生に寄与しているものであるから、損害の公平な分担の見地から、好意同乗者として被告信らに対する関係でも過失相殺されるべきである。
また、明暢は、本件事故の際ヘルメツトを着用しておらず、この点も過失相殺されるべきである。
(原告一倉)
3 好意同乗
原告一倉は、共に、文房具を買いに行くため、好意で明暢を一倉車に同乗させていたのであるから、原告らの損害賠償額は減額されるべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁はいずれも争う。
(乙事件)
一 請求原因
1 事故の発生
甲事件の請求原因1と同じ
2 原告一倉の受傷及び治療経過等
(一) 原告一倉は、本件事故により脳挫傷、脳内血腫等の重傷を負い、湘南第一病院に搬送されたが、即日、東海大学大磯病院に転院し、昭和六二年一二月二五日まで入院治療(入院日数五二七日)を受け、同日症状固定と診断され退院した。
同病院退院後も、機能を維持するとともに日常生活に慣れる訓練の必要から原告一倉は次のとおり入院し、治療を受けた。
榛名荘病院 昭和六三年一月六日から同年四月六日まで
沢渡病院 昭和六三年四月七日から同年一〇月九日まで
上牧温泉病院 昭和六三年一〇月一二日から平成元年七月一一日まで
なお原告一倉は、平成元年七月一二日以降は自宅で療養し、二週間ごとに沢渡病院に通院して診療と投薬を受けている。
(二) 原告一倉の後遺障害は、四肢麻痺及び知能低下である。すなわち、両下肢は完全麻痺で起立・歩行は不能、右上肢は比較的良いが、左上肢は肘がわずかに屈伸できる程度であり、食事、排尿、排便に介助を要し、知能程度は小学校低学年程度である。
3 責任原因
(一) 被告満は日比野車の所有者であり、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、損害を賠償する責任がある。
(二) 被告信は左方の安全を確認することなく本件交差点を漫然進行した過失により本件事故を惹起せしめたものであるから、民法七〇九条に基づき、損害を賠償する責任がある。
4 損害
(一) 治療期間中の損害
(1) 治療費 五三一万七七四九円
ア 湘南第一病院分 九万二二五〇円
イ 東海大学大磯病院分 四六二万九五〇〇円
ウ 榛名荘病院分 二〇万九五六五円
エ 沢渡病院分 一九万三九五〇円
オ 上牧温泉病院分 一九万二四八四円
(2) 装具費等 二九万九〇九〇円
ア 装具代 一五万二六〇〇円
イ 車椅子代 一四万六四九〇円
(3) 付添看護料 一五七万円
原告一倉の意識が回復した昭和六一年八月一日から昭和六二年六月三〇日まで三一四日間の一日当り五〇〇〇円の割合による付添費用
(4) 付添人交通費等 一一二万一五六〇円
ア アパート代 四九万五〇〇〇円
付添人は付添のため、昭和六一年八月から昭和六二年六月までアパート一室を借りて病院に通つたが、そのアパート代は、月額四万五〇〇〇円の一一ヶ月分として右金額になる。
イ アパートと病院間の交通費 四二万〇七六〇円
電車、バス賃往復一日当たり一三四〇円の三一四日分
ウ アパートと自宅間の交通費 二〇万五八〇〇円
付添人が主として母親であつたため、月に二度は自宅に戻らねばならず、鉄道運賃往復一回当り九八〇〇円の二一回分として右金額を要した。
(5) 入院雑費 一三九万六二〇〇円
ア 東海大学大磯病院分
五二七日間 六八万五一〇〇円
イ 榛名荘病院分
九二日間 一一万九六〇〇円
ウ 沢渡病院分
一八二日間 二三万六六〇〇円
エ 上牧温泉病院分
二七三日間 三五万四九〇〇円
(いずれも一日当り一三〇〇円で計算した金額)
(6) 治療期間中の慰謝料 四〇〇万円
(二) 後遺障害による損害
(1) 逸失利益 一億一三九五万三二六〇円
原告一倉は、事故当時一九歳で、獣医師を志して日本大学農獣医学部二年在学中であつたところ、本件事故による後遺障害のため、就学不能となり、昭和六三年一月同大学を退学した。原告一倉は、本件事故に遭遇しなければ、同大学卒業生の合格率が八六ないし九〇パーセントである獣医師国家試験に合格し、平成三年四月から獣医師として就労できたものと推認するのが相当である。
そして、賃金センサス昭和六一年第一巻第一表によれば新大卒男子労働者平均給与額(年収)は五二六万一〇〇〇円であるが、高収入が見込まれる獣医師の年収はその一・五倍の七八九万一五〇〇円とするのが相当であり、原告一倉は、後遺症の症状固定時二〇歳で、二四歳から六七歳まで就労可能であるから、逸失利益は一億一三九五万三二六〇円となる。
7,891,500円×100/100×(17.98-3.54)=113,953,260円
(2) 将来の介護費 二〇一八万五二〇〇円
後遺障害の内容・程度から、原告には終生介護が必要であるところ、介護料は一日当り三〇〇〇円として年間一〇八万円が相当であり、昭和六一年簡易生命表によれば二〇歳男子の平均余命は五六・一五年であるからライプニツツ方式で中間利息を控除して算定すると、右金額となる。
(3) 慰謝料 二〇〇〇万円
(三) 損害の填補
原告一倉は自賠責保険から次のとおり合計二六八八万〇八四〇円の支払を受けた。
(1) 治療費 四七二万一七五〇円
湘南第一病院分として九万二二五〇円、東海大大磯病院分として四六二万九五〇〇円。
(2) 装具費等 二九万九〇九〇円
(3) 後遺障害賠償金の内払金 二一八六万円
(四) 弁護士費用 六〇〇万円
原告一倉は原告訴訟代理人弁護士に本件訴訟の追行を委任し、相当額の報酬の支払を約したが、このうち六〇〇万円を弁護士費用と認めるのが相当である。
5 よつて、原告一倉は被告満に対し、自賠法三条に基づき、被告信に対し、民法七〇九条に基づき、金一億四六九六万二二一九円及び弁護士費用を除いた内金一億四〇九六万二二一九円に対する後遺症固定の翌日である昭和六二年一二月二六日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2は知らない。
3 同3の(一)は認め同(二)は否認する。
4 同4のうち、(一)の(1)、(2)及び(三)は認めるが、その余は知らない。
三 抗弁
1 免責(自賠法三条但書)
甲事件の抗弁1と同じ
2 過失相殺
原告一倉にも、本件事故の発生につき制限速度をはるかに上回るスピードで進行した過失があり、また、本件事故の際ヘルメツトを着用していなかつた過失があるから、賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁はいずれも争う。
第三証拠関係
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第一 甲事件について
一 請求原因1(本件事故の発生)及び同2(明暢の死亡)の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 責任原因
1 請求原因3の(二)の事実は当事者間に争いがない。
2 次に被告信及び原告一倉の過失の存否について判断する。
(一) 前記争いのない事実に、原本の存在と成立に争いのない乙第一、第二号証、原告折居明広本人尋問の結果、被告日比野信本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 本件事故現場は、別紙交通事故現場見取図((以下「見取図」という)記載のとおりであり、大和方面(北方)から藤沢方面(南方)に通ずる県道五号線(以下「県道」という)と下土棚方面(西方)から戸塚方面(東方)に通ずる市道(以下「市道」という)が直角に交わる、信号機による交通整理の行われていない交差点である。
県道の幅員等の状況は見取図記載のとおりであり、車道幅員一一メートル、縁石によつて歩車道の区別がなされ、車道の両端から一・二ないし一・三メートル幅の路側帯が設けられ、また一・七メートル幅の黄色のペイント実線の中央分離帯によつて二車線に区分され、平坦かつ直線で、前方の見通しは良く、最高速度が五〇キロメートルと規制されている。
他方、市道は、歩車道の区別のない、幅員七・八メートルの道路で、直線かつ平坦で前方に対する見通しは良いが、両側に事務所等の建物があるため、左右に対する見通しが悪く、交差点手前に一時停止の規制がなされている。
(2) 被告信は、日比野車を運転して、市道を下土棚方面から戸塚方面に向けて東進し、本件交差点手前の一時停止線付近で一時停止し、さらに左右の安全を確認するため、見取図<1>の本件交差点入口付近まで進出して一時停止した。
事故当時、県道北行車線が渋滞中で、被告信は、渋滞車両が途切れるのを待つていたところ、北行車線を進行してきた馬場が交差点手前で停止し、被告信に対し先に進行するように合図したため、左右の安全を確認して発進し、馬場に挨拶しながら、渋滞車両の間を縫うようにして時速約一〇キロメートルで本件交差点に進入し、中央分離帯付近(見取図<2>地点)に達したところ、左方約二三・四メートルの地点(見取図<ア>の地点)に県道南行車線を高速度で進行してくる一倉車を発見したが、間に合わず、約二・八メートル進行した地点(見取図<3>地点)で、日比野車の左側面部に一倉車の前部を衝突させた。
(3) 他方、原告一倉は、一倉車の後部座席に明暢を同乗させて、県道を南進し、見取図<×>地点で日比野車と衝突したが、一倉車のスピードメーターの針は時速一〇〇キロメートルに近い部分を指して止まつていた。
以上の事実が認められ、右認定に反する被告日比野信本人尋問の結果は、前掲各証拠に照らし措信できない。
(二) 被告信の過失について
右認定事実によれば、被告信は、本件交差点手前で一時停止し、馬場からの合図に従つて発進する際、左右の安全を確認しているが、本件交差点を進行するに際し、県道北行車線が渋滞しており、南行車線対する見通しが悪かつたのであるから、南行車線に対する左右の安全を確認すべき注意義務があるのに、中央分離帯付近に達するまでの間、左方に対する安全確認を怠り、また中央分離帯付近で一時停止を怠り、左方の安全確認を怠つた過失があるといわなければならない。
(三) 原告一倉の過失について
右認定の事実によれば、原告一倉は、本件交差点を渋滞車両の間を縫つて進行してくる車両の存在を予見し、前方左右を注視し、速度を調節して進行すべき注意義務があるのに、制限速度を大幅に超える時速一〇〇キロメートルに近い速度で、右方に対する注視不十分のまま進行した過失があると推認される。
3 以上により、被告満は自賠法三条により、被告信及び原告一倉は民法七〇九条により、後記原告らの損害を賠償すべき責任があり、被告満の免責の主張はその余の点を判断するまでもなく、理由がない。
三 原告らの損害
1 死亡までの治療費 二四万二八四〇円
明暢が本件事故後死亡するまで湘南第一病院において治療を受け、治療費として右金額を要したことは当事者間に争いがない。
2 明暢の逸失利益 四一〇四万〇五三四円
成立に争いのない甲第一号証、原告折居明広本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、明暢は、死亡当時満一九歳(昭和四一年八月二三日生)の男子で、日本大学農獣医学部獣医科二年在学中であり、獣医になることを希望していたこと(原告らと原告一倉との間では争いがない)、明暢は、順調に推移すれば、二四歳で同学科を卒業し、二五歳で獣医師資格を取得し得たことが認められる。
ところで、獣医師の平均収入に関する確たる資料は存在しないが、獣医師が大学での六年間の教育と国家試験合格をその資格として要する専門職であることを考慮すると、経験則上、昭和六一年度賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計新卒大卒男子全年齢平均給与額 (年収五二六万一〇〇〇円)を上回る収入を得ることができると推認され、その年収は、少なくとも右平均給与額の一・二倍にあたる六三一万三二〇〇円とするのが相当である。
また、就労可能期間は満二五歳から六七歳までの四二年間とするのが相当であるから、生活費として五〇パーセントを控除し、ライプニツツ方式で中間利息を控除して、明暢の逸失利益を計算すると、次のとおり四一〇四万〇五三四円(円未満切捨)となる。
6,313,200円×(1-0.5)×(18.0771-5.0756)=41,040,534円
3 弁論の全趣旨によれば、原告らが、明暢の両親で、相続人であることが認められる(原告らが明暢の両親であることは、原告らと原告一倉との間では争いがない)。
従つて、原告らは、明暢の右1、2の損害賠償請求権を各二分の一宛相続した。
4 葬儀費用 各五〇万円
明暢の葬儀費用として、本件事故と相当因果関係にある損害は原告らについて各五〇万円と認める。
5 慰謝料 各七五〇万円
本件事故の態様その他諸般の事情を勘案すれば、長男である明暢の死亡により原告らが受けた精神的苦痛に対する慰謝料は右金額が相当である。
6 小計
以上のとおり、原告らが本件事故により被つた損害額は合計各二八六四万一六八七円となる。
7 好意同乗
原告一倉の好意同乗の主張について判断するに、証人一倉伸稔の証言、原告折居明広本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、明暢と原告一倉は、日本大学農獣医学部獣医学科の同級生で、同じアパートに住んでいたこと、原告一倉は事故当時、明暢と一緒に、文具等を買いに行くため、一倉車を運転し、明暢をその後部座席に同乗させたが、買物の帰途時速一〇〇キロメートル近い速度で走行して本件事故を惹起したことが認められる。
以上の事実によれば、明暢が同乗した経緯については判然としないが、明暢が原告一倉と一緒に買物するために一倉車に同乗し、その帰途に本件事故が発生したものであり、その間明暢は時速一〇〇キロメートル近い速度で走行していた原告一倉に対し、何ら注意した形跡が窺えないから、損害の公平な分担により、原告一倉に対する請求については、原告らの慰謝料について各二〇パーセントの減額をするのが相当である。
そうすると、原告一倉に対し請求できる損害額は、それぞれ二七一四万一六八七円となる。
8 過失相殺
被告信及び同満は、原告らの損害を算定するにあたつて、原告一倉の過失及び明暢が猛スピードで走行する原告一倉に注意しなかつた事情を考慮し、過失相殺すべきであると主張するので検討するに、民法七二二条二項に定める被害者の過失には、被害者側の過失が含まれると解されるところ、被害者側の過失とは、被害者と身分上ないし生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失をいうものと解される。
これを本件についてみるに、前記認定のとおり、原告一倉と明暢は単なる大学の同級生で友人同士にすぎず、縁戚関係等にある者でもなかつたのであるから、原告一倉が明暢と一体をなすとみられるような関係を有する者と解することはできない。また明暢は前認定のとおり、高速度で走行する原告一倉に対し、何ら注意をした形跡が窺えないが、これをもつて明暢に本件事故の発生について過失があるとまではいえず、しかも原告一倉が原告らに対し、右の事情を主張し、減額を求めることができるのは同乗者と同乗させた者との内部関係における、同乗の経緯、運転の目的、同乗者の落度等を考慮した、損害の公平な分担の見地に基づくものであるから、明暢とこのような関係のない被告信及び同満らは原告らに対し、明暢の右の事情を主張し、減額を求めることもできないといわなければならない。
さらに明暢が本件事故当時ヘルメツトを着用していなかつた事実を認めるに足る証拠もない。
そうすると、被告らの右過失相殺の主張は採用し得ない。
9 損害の填補
原告らが自賠責保険から湘南第一病院の治療費分として二四万二八四〇円、損害賠償金元金の内払金として二六七七万円、合計二七〇一万二八四〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。
そこで、原告らの損害額から右支払額の二分の一宛控除すると、原告らの残損害額は次のとおりとなる。
(一) 被告信及び満に対する分
原告ら各一五一三万五二六七円
(二) 原告一倉に対する分
原告ら各一三六三万五二六七円
10 弁護士費用 各一三〇万円
本件事故と相当因果関係のある弁護士費用として損害賠償を求め得る額は、原告らについて、それぞれ一三〇万円と認めるのが相当である。
四 結論
以上により、原告らの請求は
1 被告信及び同満に対し連帯して、原告両名が各一六四三万五二六七円と右各金員に対する本件事故後の、被告らに対し訴状が送達された日であることが記録上明らかな昭和六二年八月八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金
2 原告一倉に対し、原告両名が各一四九三万五二六七円と右各金員に対する右同日から支払ずみまで同法所定年五分の割合による金員
の各支払を求める限度で理由があるから認否し、その余は失当として棄却する。
第二 乙事件について
一 請求原因1(本件事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。
二 成立に争いのない丙第三号証、第六号証の一、二、第七ないし第九号証、第一五号証(丙第六号証の一、二、第七ないし第九号証は原本の存在も争いがない)、証人一倉伸稔の証言及び弁論の全趣旨によれば、請求原因2の各事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
三 責任原因
1 請求原因3の(一)の事実は当事者間に争いがなく、同(二)の被告信に過失があることは第一の二の2で認定をしたとおりである。
2 従つて被告満は自賠法三条に基づき、被告信は民法七〇九条に基づき、原告一倉の損害を賠償すべき責任がある。
四 損害
1 治療期間中の損害
(一) 治療費 五三一万七七四九円
原告一倉が東海大学大磯病院等における治療費として請求原因4の(一)の(1)の金額を要したことは当事者間に争いがなく、前記二で認定をした事実によれば、いずれも本件事故と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。
(二) 装具費等 二九万九〇九〇円
当事者間に争いがない。
(三) 付添看護費 一三三万六〇〇〇円
前掲丙第三号証、同証人一倉伸稔の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告一倉は、前記入院中、意識が回復した昭和六一年八月一日から翌年六月三〇日までの三三四日間付添看護を要したこと、右付添は主に母親がしたことが認められるので、右期間の付添看護費は、一日当り四〇〇〇円として、一三三万六〇〇〇円が相当である。
(四) 付添人交通費等 九四万二五六〇円
(1) アパート代 四九万五〇〇〇円
証人一倉伸稔の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告一倉の母親は、群馬県北群馬郡に居住していたが、前記付添看護のため昭和六一年八月一日から翌年六月三〇日までの一一ケ月間、原告一倉が借りていたアパートを引き続き借り受け、一ケ月四万五〇〇〇円の割合による合計四九万五〇〇〇円を支出したことが認められる。
右認定の原告一倉の母親の住居が遠方であることを考慮すると、右金員の支出は本件事故と相当因果関係のある損害といえる。
(2) アパートと病院間の交通費 四四万七五六〇円
証人一倉伸稔の証言によれば、原告一倉の両親が付添看護のために前記アパートから病院に通院するのに要した交通費が一日当り一三四〇円、三三四日分として四四万七五六〇円であることが認められる。
(3) アパートと自宅間の交通費
原告一倉の付添にあたつたのは、主として母親であつたことは前認定のとおりであり、弁論の全趣旨によれば、母親は家事のため、付添期間中、月に二度帰宅し、交通費とし二〇万五八〇〇円を支出したことが認められるが、母親の月二回の割合による帰宅は、原告一倉の付添とは直接関係がないから、右交通費は本件事故と相当因果関係のある損害とはいえない。
(五) 入院雑費 一〇七万八〇〇〇円
原告一倉が東海大学大磯病院に五二七日間入院したことは前認定のとおりであり、さらに、前掲の丙第六号証の一、二、第七、第八号証によれば、榛名荘病院に九二日間、沢渡病院に一八六日間、上牧温泉病院に二七三日間、合計一〇七八日間入院したことが明らかであり、右入院中に要した諸雑費は一日当り一〇〇〇円として一〇七万八〇〇〇円が相当である。
(六) 治療期間中の慰謝料 三〇〇万円
傷害の部位・程度、入院期間その他本件に顕れた諸般の事情を勘案すれば、後遺症の症状固定までの入院期間中に原告が受けた精神的苦痛の慰謝料としては三〇〇万円を相当と認める。
2 後遺障害による損害
(一) 逸失利益 八六一八万五二八一円
前記認定のとおり、原告一倉は四肢麻痺及び知能低下の後遺障害(自賠法施行令別表第一級八号相当)を残し、昭和六二年一二月二五日右症状は固定したものであるが、証人一倉伸稔の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告一倉は事故当時、満一九歳(昭和四一年一二月二九日生)で、日本大学農獣医学部獣医科二年在学中であり、本件事故に遭遇しなければ、遅くとも満二五歳で獣医師の資格を取得できる蓋然性が高かつたが、右後遺障害のため昭和六三年一月、退学を余儀なくされたことが認められるから、原告一倉は二五歳から六七歳まで獣医師として就労可能であつたと認めるのが相当であり、原告一倉の後遺障害の部位・程度等を考慮すると、右期間の労働能力喪失率は一〇〇パーセントと認めるのが相当である。
ところで、獣医師の年収を六三一万三二〇〇円とするのが相当であることは第一の三の2で認定したとおりであり、原告一倉は症状固定時満二〇歳であるから、これを基にしてライプニツツ方式により中間利息を控除し、原告一倉の逸失利益を計算すると、次のとおり八六一八万五二八一円(円未満切捨)となる。
6,313,200円×(17.9810-4.3294)=86,185,281円
(二) 将来の介護費 二〇四七万四八五七円
前記認定の後遺障害の程度・内容と前掲丙第七ないし第九号証及び丙第一五号証によつて認められる、原告一倉の後遺障害の改善が見込めない事実を併せ考慮すると、原告一倉は症状固定時以降将来に亙つて介護を要することが明らかである。そして、後遺障害の程度その他の事情を勘案すると介護費は一日三〇〇〇円、年間一〇九万五〇〇〇円とするのが相当であり、昭和六一年簡易生命表によれば二〇歳男子の平均余命が五六年であるから、これを基にして、ライプニツツ方式で中間利息を控除して計算すると、次のとおり二〇四七万四八五七円(円未満切捨)となる。
1,095,000円×18.6985=20,474,857円
(三) 慰謝料 二〇〇〇万円
後遺障害の内容・程度その他本件に顕れた諸般の事情を勘案すると、本件事故による後遺障害によつて原告一倉が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は二〇〇〇万円が相当である。
3 小計
原告一倉の損害額は合計一億三八六三万三五三七円となる。
4 過失相殺
前記第一の二の2で認定したとおり、本件事故の発生については原告一倉と被告信の双方に過失が認められ、双方の過失の内容・程度その他本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すると、過失割合は被告信七割、原告一倉三割と認めるのが相当である。
なお、被告信らは原告一倉が事故当時ヘルメツトを着用していなかつたと主張するが、これを認めるに足る証拠はないので右過失相殺として斟酌し得ない。
そうすると、原告一倉の前記損害賠償請求権の全額から三割を控除すると、残損害は九七〇四万三四七五円 (円未満切捨)となる。
5 損害の填補
原告一倉が自賠責保険から次のとおり合計二六八八万〇八四〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。
(一) 治療費 四七二万一七五〇円
湘南第一病院分として九万二二五〇円、東海大大磯病院分として四六二万九五〇〇円。
(二) 装具費等 二九万九〇九〇円
(三) 後遺障害賠償金の内払金 二一八六万円
そこで、これを4の損害額から控除すると七〇一六万二六三五円となる。
6 弁護士費用 五〇〇万円
本件事故と相当因果関係のある弁護士費用として被告らに対し損害賠償を求め得る額は五〇〇万円と認めるのが相当である。
五 結論
以上により原告一倉の請求は、被告らに対し連帯して、七五一六万二六三五円及び弁護士費用を除いた内金七〇一六万二六三五円に対する後遺症固定日の翌日である昭和六二年一二月二六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却する。
第三 以上のとおりであり、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 前田博之)
別紙 <省略>